第二章 企業取引の法務
第二節 契約の成立
レベル1 「売買契約の成立」
2.契約準備段階の信義則
契約は、申込みの意思表示と承諾の意思表示が合致して成立します。ただ、企業間の取引では、例えば継続的取引に関する基本契約を締結する場合のように、交渉を通じて徐々に契約内容が形成される場合も多く、契約交渉という契約締結に向けた準備段階であっても、当事者間に一種の信頼関係が形成されることがあります。そこで、契約が成立するに至らなかった場合でも、契約交渉の段階で相手方に契約の成立に対する強い信頼を与え、その結果相手方が費用の支出や資金手当をして損害を受けた場合には、契約準備段階における信義則上の注意義務違反により相手方の損害を賠償する義務を負うとされています(契約締結上の過失、再判昭59・9・18)。ただし、契約締結上の過失における損害賠償の範囲は、契約が履行されていれば得られたであろう利益(履行利益)には及ばず、契約が有効だと信頼したことにより失った利益(信頼利益)にとどまるとされています。
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(前回からの続き)
・信義則
信義則とは、「信義誠実の原則」ともいわれ、民法の基本原則の1つです(民法1条2項)。具体的には、互いに相手方の信頼を裏切らないよう、信義に則り、誠実に行動しなければならないという法原則です。信義則は、当初は債権者と債務者との間における法原則とされていましたが、今日では、各種の契約の解釈の基準などとして広く用いられ、民法以外の法律でも用いられることがある重要な法原則です。
・履行利益/信頼利益とは
履行利益とは、契約が有効であれば得られたであろう利益をいいます。転売利益などがこれに該当します。一方、信頼利益とは、有効でない契約を有効であると信じたために失った利益をいいます。例えば、契約が有効であると信じて契約成立のために使った実費(交通費など)がこれに該当します。
3.契約の成立要件
ケース2
[製菓会社] [菓子問屋] 売 買 [菓子屋]
生産者 -- 卸売商 ←---→ 小売商 -- 消費者
(A) (B) (C) (D)
ケース2での菓子問屋(卸売商)Bと菓子屋(小売商)Cとの間の菓子の売買契約について考えてみます。
「売買契約」は商品を売りたいと希望する売主(B)と商品を買いたいと希望する買主(C)の意思が合致することによって成立しますが、契約が成立してはじめて、
①売主(B)の側に商品を買主(C)に引き渡す義務(引渡義務)
②買主(C)の側に商品代金を売主(B)に支払う義務(代金債務)
が発生することになります。
契約が成立するために必要な要件(成立要件)は、ケース2におけるBC間の菓子の売買契約の場合を例にとると、
①当時者が存在すること(売主Bと買主Cが存在すること)
②目的(物)が存在すること(Cが購入する菓子が存在すること)
③意思表示が合致すること(Bの「菓子を売る」という意思とCの「その菓子を購入する」という意思が合致していること)
です。
当時者とは、ある法律関係について、直接これに関与する者です。
つまり、契約は通常、「買いたい」(または「売りたい」)という申込みの意思表示とそれに対応する「売りましょう」(または「買いましょう」)という承諾の意思表示のそれぞれの内容が一致(合致)してはじめて成立します。申込みの意思表示に対して承諾の意思表示をしない場合には、申込みの意思表示が効力を失い(商法507条・508条)、契約は成立しません。
契約の成立要件のうち、当事者については、「Ⅱ権利・義務の主体」で説明します。以下では、契約の目的および意思表示の合致について説明します。