第二章 企業取引の法務
第二節 契約の成立
レベル3 意思表示
契約が成立するための要件の1つとして「意思表示の合致」が必要ですが、実際の取引の場面では、この意思表示が問題となることがあります。ここでは、意思表示が問題となる場面について説明します。
1.意思の不存在(意思の欠缺)
意思の不存在(意思の欠缺)とは、表意者(意思表示をする者)が表示した意思に対する真意を欠いていることをいいます。これには、「心裡留保」「虚偽表示」「錯誤」の3つがあります。
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(前回からの続き)
③錯誤による意思表示
表意者が勘違いにより真意とは異なった意思表示をすることを錯誤による意思表示といいます。例えば、100万円を借りるつもりでしたが、誤って1000万円を借りるとの意思表示をしてしまった場合の意思表示です。
錯誤による意思表示では、真意と実際の意思表示とが異なっていることを表意者自身が知らないわけですから、表意者を保護する必要があります。そこで、意思表示の重要な部分について錯誤がある場合(その錯誤がなければ、意思表示をしなかっただろうと思われるような重要な部分に錯誤がある場合)には、その意思表示は無効となります。この重要な部分についての錯誤を「要素の錯誤」といいます(民法95条本文)。
一方、単に契約をした動機について錯誤があった場合は、「動機の錯誤」といわれます。動機の錯誤については、動機が表示され相手方がそのことを知っているときは法律行為の内容の錯誤となりますが、そうでない場合には錯誤無効の主張は認められません。例えば、天気予報で雨が降ると言っていたのでデパートで傘を買ったところ、実際には雨が降らなかった場合です。傘を買ったのは「雨が降ると思った」からですが、これは動機の点で錯誤をしたにすぎず、錯誤無効の主張は認められません。
なお、錯誤の原因が表意者の重大な過失にある場合にまで相手方の犠牲の下で表意者を保護する必要はありません。そのため、このような場合には、表意者の側から意思表示が無効であることを主張できません(民法95条但書)。ただし、インターネットを利用した取引については、電子消費者契約法による例外があります。